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TALEX PEOPLE タレックスピープル

ドライビング

このレンズは、
ドライバーに効く!

モータージャーナリスト

吉田 匠さん TAKUMI YOSHIDA


ENGINE 2007年9月号掲載

子供の頃からのクルマ好きが高じて、1971年、青山学院大学卒業と同時に自動車専門誌『CAR GRAPHIC』の編集記者として ㈱ニ玄社に入社。同誌ではスポーツカーのロードテストなどを主として担当し、ヒストリックカー、ツーリングカー、FJなどのレースにも参戦、優勝経験もけっこうあり。1985年、同社を円満退社、東京・渋谷区代々木に事務所を設けてフリーランスのモータージャーナリストとして独立。自動車専門誌や一般誌に記事を執筆し、今日に至る。1989年以来、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。『僕の恋人がカニ目になってから』(ニ玄社)、『男は黙ってスポーツカー』『ポルシェ911全仕事』『男は笑ってスポーツセダン』(双葉社)等、著書多数。

INTERVIEW

偏光レンズのチカラ

偏光レンズ、という言葉はこれまでにも何回かは耳にしていたのだが、実際にかけた記憶はなく、通常のレンズとどれほど違うものか、大いに興味が沸いてきた。
そこで自分にあったレンズを作るため、新丸ビルのアイウェアショップ、decoraで試しにかけてみると、明らかに違うことがわかった。いらない光が遮断され、映り込みなども見えなくなった。ただ、それが車の運転にそれほど影響するかは別の話だ。とにかく、作って試してみないとわからない。
ショップスタッフと相談しながら最終的に決めたフレームは、ドイツ・シュットゥットガルト近郊に本拠をかめるREIZのもの。特に意識してドイツ製を選んだわけではない。ここ数年、上下に薄いデザインのフレームを選んできたので、上下にも厚みのあるデザインのフレームが新鮮に見えたということだ。こういったデザインの眼鏡のほうが、ドライビング時の視線の移動や、オープンカーをドライビングしたときの風の遮断に対しても有効に思えた。そして、実際に掛けてみて、自分の顔に比較的に合っていたということが決め手になった。ちなみにこれはBRAVO CHARLIEと呼ばれるもので世界限定50本という。

そして本題であるTALEXのレンズ。これは色や濃さなどが目的に応じて、さまざまな選択肢があった。レンズの色によって現実以上に明るく見せるようなものを必要としていなかったので、色が自然に見えるトゥルービューフォーカスと呼ばれるTALEXのレンズの中でも一番濃い色のタイプを選んだ。色目を濃くした理由だが、それは、すでに使っている度付きサングラスの色が薄めだったから、用途をかえたかったというわけだ。これからの季節、ヨーロッパで試乗会のドライビングをイメージしたこともある。それに、実際に見本レンズを眼に当ててみても、レンズ色が濃いわりに室内の景色がちゃんとみえたため、これならイケると判断した。単なるサングラスではなく、自分専用の度数の入った偏光レンズを作ったため約2週間待って私にとって初めての偏光レンズ入りサングラスが家に届いた。

眼が楽になった。

残念ながら、インプレッションに持ち出した頃は、まだ梅雨の最中だったので、強烈な陽光を浴びながら長時間ドライブをする機会には恵まれなかった。とはいえ、視界の中に余計な反射がなくなり、眼が楽になったというのが一番の印象。それに、曇った状態での比較的暗い山道や、霧の出たワインディングロードなどでも、明確なコントラストのある視界が得られ、路肩やセンターラインの白線がはっきりと視認でき、ドライビングし易かったというところが特筆すべき点であろう。それゆえ、長時間のドライビングを続けたあとでも、これまでに感じていたような眼の奥が重たくなるような疲労感を実感しなくなったのが大きい。

また、前を走るクルマのリアウィンドーの反射が感じられなくなり、そのクルマの室内の様子がこれまでよりはっきり見えて、ドライバーの動作が確認できた。しかもそういう現象が、まるで前からそうだったかのように自然に感じとれたのも、このレンズの好ましい点かと思う。それらは安全運転という意味では思った以上に効果があるかもしれない。明確な欠点らしいことはあまり見当たらないが、クルマのボディーカラーが通常の度付きサングラスでは経験したことのない見え方をする瞬間があったのが、若干の不満か。それでも、メリットの方が遥かに大きく感じられるので、ドライビング用以外でも偏光レンズのサングラスを使ってみたくなった。

確かにこのTALEXはドライビングには「効く」レンズである。

PROFILE

モータージャーナリスト

吉田 匠

子供の頃からのクルマ好きが高じて、1971年、青山学院大学卒業と同時に自動車専門誌『CAR GRAPHIC』の編集記者として ㈱ニ玄社に入社。同誌ではスポーツカーのロードテストなどを主として担当し、ヒストリックカー、ツーリングカー、FJなどのレースにも参戦、優勝経験もけっこうあり。1985年、同社を円満退社、東京・渋谷区代々木に事務所を設けてフリーランスのモータージャーナリストとして独立。自動車専門誌や一般誌に記事を執筆し、今日に至る。1989年以来、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。『僕の恋人がカニ目になってから』(ニ玄社)、『男は黙ってスポーツカー』『ポルシェ911全仕事』『男は笑ってスポーツセダン』(双葉社)等、著書多数。